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ヴォルフラム・マンツェンライター教授インタビュー
ウィーン大学 日本研究チーム責任者 日本学教授

ウィーン大学 日本研究チーム責任者
日本学教授
ウィーン大学 日本研究チーム責任者
日本学教授
ヴォルフラム・マンツェンライター博士との対談
ウィーン大学のu:japan講義シリーズが紡ぐ、
新たな知のネットワーク
ヴォルフラム・マンツェンライター博士との対談展示の取り組み
ウィーン大学のu:japan講義シリーズが紡ぐ、新たな知のネットワーク
ウィーン大学東アジア学科が主催するu:japan講義シリーズは、新型コロナウィルスによるパンデミックをきっかけにウェブベースの取り組みとして始まったが、現在では日本研究の分野で最も評価が高く、強固な基盤を持つハイブリッド型の学術交流フォーラムの一つに成長した。Japan-Insights編集部は、このプロジェクトのアドバイザーであるヴォルフラム・マンツェンライター教授に取材した。彼のリーダーシップの下で、このシリーズは2020年以降、10シーズン連続で実施され、100回を優に超える講義を積み重ねてきた。世界中の研究者の最新の研究成果を視聴者に紹介するだけでなく、次世代の日本研究者の育成にも貢献している。現在、これまでの講義のデータベースを整理し、テーマ別モジュールとして教育・学習目的に利用可能な形で公開する計画も進められている。
取材・執筆:竹馬スーザン
執筆者紹介
竹馬スーザン
米国生まれ、コーネル大学卒。1990年より東京在住。デザインマネージメント会社のマーコム担当を経て、1994年に独立。以来、日本の建築、美術、工芸、旅や食文化などライフスタイルの潮流を見つめ、国内外メディアへの寄稿と編集を行う。
公立大学の一員として、私たちは自らの知識を他者の知識の向上に役立てる一定の責任を負っています。それはまさに、日本に対する理解を世界規模で広める、というu:japanの目的そのものです。
ウィーン大学が主催する u:japan講義シリーズは、2025年6月に第126回目の講義を実施した。この回では、ドイツ日本研究所の専任研究員であるセバスチャン・ポラック・ロットマン氏が、オーストリアと熊本県阿蘇地域で行った、地方社会におけるウェルビーイングに関する博士号取得のためのフィールドワークから得た知見を共有した。大阪万博からライブで講演したポラック・ロットマン氏は、ウェルビーイングに関する議論において、隣人とのお付き合いや市民参加といった、実際に地域に住む人たちの間の互恵性や、人間関係を含む次元を含めて研究を行う重要性を強調した。現在、同研究所で日本における持続可能性に関する研究チームの責任者を務めるポラック・ロットマン氏は、レジリエンス、グリーン・トランスフォーメーション、多様性と包摂という核心領域の研究を継続している。

ポラック・ロットマン氏は、2022年にウィーン大学の日本学課程を経て、哲学の博士号を取得したが、彼の主な指導教官は、日本研究の責任者であるヴォルフラム・マンツェンライター博士だった。「一般的な都市化の進行が、そこに住む人々の幸福度の全体的な増加につながっているという証拠はないのです。」とマンツェンライター教授は語る。「そうしたことから、私たちは地方社会における幸福の概念や、そうした地域に残る人々、あるいは移り住む人々が人生に価値を見出す要因に興味を持ったのです。」日本における幸福と地方社会に関する10年にわたる学際的・協働的な研究の成果は、2024年にマンツェンライター教授が議長を務めた国際会議で結実した。21世紀の課題である人口減少、高齢化、経済の縮小に直面する地方社会の衰退は不可避であるという支配的な仮説に反論を提示し、地方社会のレジリエンスに関する長期的な探求の基盤を効果的に築いた。例えば、ポラック・ロットマン氏の現在の研究は、昨今の日本における家族構成の変化と自然災害がもたらす課題に対応するために、地域の様々な関係者が新たな手段で地域の中の人間関係を維持しようとする、いくつかの新たな試みに焦点を当てている。一方で、マンツェンライター教授のチームでは、日本社会における多様性の定義がますます複雑化しつつある中で、地方自治の新たな機会を形作るだけでなく、社会の構造的側面に注目している。例えば、「日本の労働市場が国際社会に対して開放されつつある中、都市と地方の自治体は増加する外国人住民に対応するためにどのような対策を取っているのか?」、「日本人以外の作家が日本語で執筆した小説は、日本の文学理解にどのように貢献しているのか?」、「変化する日本社会の中で、人々はどのように自己のアイデンティティを再定義しているのか?」などの問いに対し、u:japan講義シリースは、継続的な探求の成果を収集し、紹介している。
私たちは常に、学生たちに、自分達の研究する分野の書籍や、論文を通じて身近に感じている研究者と積極的にコンタクトを取ることを奨励してきました。研究者たちが実際にどのように行動しているのかを観察し、彼らと連絡を取り、科学というものが対話や会話の中で生まれるものだと理解してもらうためです。そして、学術界の権威主義やヒエラルキーの壁を打破し、学生たちが自身の批判的思考能力に気づくきっかけにしてもらいたいと考えています。
世界の学術界の中でも、日本に関する最先端の研究の普及において高い評価を受けているウィーン大学の日本研究部門は、第二次世界大戦後の数十年間の期間の中で、ヨーロッパでは初めて、文献の調査と分析をベースとした日本研究の手法から、実地調査によって得られたデータに基づいた人類学・民族誌的研究手法や、社会科学の内省的方法論へ転換を遂げた機関である。現在、毎年平均200人の学生を受け入れている。マンツェンライター教授は「これはヨーロッパで圧倒的に最も多い人数です。2000年代初頭から現在に至るまで、日本研究には継続的、かつ持続的な関心が寄せられています。」と指摘する。



2013年に同大学で教授職に就任した頃、マンツェンライター教授は、学生だけでなく若手研究者にも開かれた研究の統合と発展のための新たな方法を模索し始めた。これは、学生と若手研究者双方に共通する関心に、より効果的に資するための取り組みだった。マンツェンライター教授はこう語る。「社会科学や人文学の分野で働く人々は、お互いに研究段階のはじめから一緒に協力することが出来れば、より効率的かつ生産的に設問に対する回答を導き出すことが出来ると考えています。同じ分野で類似の問題に取り組む研究者が、地球の異なる地域で同時に活動しているからです。」
新型コロナ・ウィルスによるパンデミックが発生した時期に、マンツェンライター教授の取り組みはさらに重要な意味を持つこととなった。ウィーン大学の若手研究者とベテラン研究者のチームは、コロナ感染拡大の状況でも、学期中に予定されていたゲスト講演者による講義は中止しない意向を固め、すべてをオンラインの講義に置き換える方法を模索した。ロックダウンの中で、2020年5月にスタートしたu:japan講義シリーズの第1シーズンでは、日本(長崎)、イタリア(トリノ)、アメリカ(ユタ)、フランス(パリ)から研究者が参加し、「原子力の利用に関する肯定論と否定論」、「現代社会におけるシャーマニズム」、「平成期の日本映画における歴史化」、「アイデンティティ政治における美学的言説の役割」など、多様なテーマを取り扱った。
u:japan 講義シリーズは、日本研究のベテランで実績のある研究者と若手の研究者が最先端の研究を発表する学術交流のプラットフォームです。新興の研究課題や人気のあるテーマをバランスよく取り扱う、高度・かつ専門的なトピックス選定により、学術界以外のフォロワーの関心も引き付けています。
u:japan講義シリーズは、学術界でオンライン講座が盛んになる中で、他の機関に先駆けて早期に基本的なモデルを確立した。2020年秋学期から、プログラムは最初のフルシーズンを精力的にスタートさせた。日本在住の講演者と聴講者が、より都合の良い時間帯に参加できるよう、ランチ・セッションも導入し、第2シーズンの終了時点では、コロナ・ウィルスの感染者数が十分に減少したため、最終講義は、オンラインと対面のハイブリッド形式で開催された。第3シーズンでは、取り扱うテーマの幅を拡大し、労働市場の変化から、現代文学、近代建築、マナーポスター、戦争記憶博物館まで多岐にわたった。第4シーズンは2022年春に開始。オミクロン株の感染拡大と言う新たな課題の発生にもかかわらず、ハイブリッド形式で開催され、パンデミック期後の形式が確立されることとなった。これまでのシーズンと同様、日本に関する現代的な研究が幅広く紹介された。2022年、u:japan 講義シリーズはウィーン大学から「国際的なネットワークと協力の分野における卓越した成果と特別な取り組み」として認知され、表彰された。
このプログラムは、その後も順調に続けられている。2025年8月現在、u:japan 講義シリーズは18カ国から講演者を迎え、累計参加者は5,000人以上にのぼる。講義は通常、木曜日の午後6時から7時30分(中央ヨーロッパ時間)に開催されるが、時折、正午から午後1時30分までランチ・タイム・セッションも開催される。ライブストリームとアーカイブ録画はどちらも無料で、誰でも視聴可能だ。一見、テーマは無作為に選ばれているように見えるが、その背後には明確な目的がある、とマンツェンライター教授は言う。「このシリーズを通じて、若手研究者や博士課程の学生を、彼らの研究にとって重要な人物と結びつけることを目的としています。つまり、研究アプローチの改善や、分野内のネットワーク構築に寄与したり、将来知見を得ることが期待できる人物とつなげたいのです。彼らの将来のキャリアにとって重要な役割を果たす可能性のある人物、または論文や研究提案の審査を行う人物、または将来異なる研究プログラムでの就職機会の連絡窓口となり得る人物などです。」
u:japan講義シリーズのデータベースの継続的な開発を通じて、私たちは日本に関する新たな知見の公開と共有のための持続可能なプラットフォームを確立することを目指しています。

アーカイブとして保存された過去の講義に加え、u:japanのデータベースは、特定のカリキュラムでの活用方法の提案、推奨文献、教室での演習、さらにはレポート課題の具体例を提示している。キーワード検索で特定の講義にたどり着いた教育者は、例えば「日本の女性の権利」や「世界中の食文化の多様性」をテーマにしたコースで、その資料を活用できる。一部の利用者はオンライン・チュートリアル用にアクセスしたり、他の利用者はテキスト資料の有無に関わらず、特別なオンライン・プログラムの教材を得るために、さらには、トレーニング目的や、教室での議論用にデータベースを利用する人もいる。このメタデータの管理は継続発展的なプロセスであり、実際、u:japan講義シリーズの活用は新たな段階に到達した。2025年秋学期から、ウィーン大学は、MOOC(大規模公開オンライン講座)形式をモデルにしたテーマ別コース・モジュールの集約作業を開始する。同プログラムは、日本研究に焦点を当てていることを強調するため、暫定的に「JOOC(Japan Open Online Course)」と命名されている。「我々の取り組みが対象とするターゲット層の人々を階層的に分類し、データベースに容易にアクセスできるようにする作業はまだ残っていますが、当面の間は、日本の先端研究のデータベース作りに注力していきます。」とマンツェンライター教授は語る。
JOOCのテーマは現在開発中だが、最も可能性が高いと思われる3つのテーマは、「ジェンダー研究」、「地方と都市の違い」、「メディアにおける文化表象」だ。マンツェンライター教授は語る。「新しいシステムを実現するために、私たちは、二次的なツールを含む多様な資料へのオープン、かつ持続可能なアクセスを確保するプラットフォーム基盤を追求しています。ただし、このプロジェクトを継続的に支援してくれる財源を確保するのは困難が伴います。私たちは、主要なスポンサーの一つである東芝国際交流財団に特に感謝しています。また、ウィーン大学本体の支援にも感謝しています。皮肉なことに、このプログラムは、その成果の大きさを考慮すると、それほど高額な費用はかからないのですが。」なお、ある大学出版社が、u:japan講義シリーズを補完する書籍の出版に興味を示しているという。「当講義シリーズの入門書として機能するだけでなく、JOOCのすべてのモジュールを結びつけ、日本研究の分野におけるより広範な学術的議論とつなげる枠組みを提供するような書籍が実現できるのが理想です。」とマンツェンライター教授は説明する。
書籍とハイブリッドの講義シリーズを融合させるのは珍しい試みですが、私たちはこのような革新的な取り組みが、学術交流を学術論文やピアレビューを超えて活性化させる興味深い実験であり、有望な方法であると確信しています。
u:japanの外部講師のリストは何ヶ月も前に決定されているが、マンツェンライター教授は、協力者に対し継続的にu:japanのコミュニティに参加してもらうことを奨励している。「ライブ講義に参加し、あなたのアイデアを共有してください。興味深い発表がある場合は、遠慮せずに、我々の提供できる隙間時間を是非活用してください。プログラム終了後には、開発者コミュニティに参加頂くこともできます。教師や講師の方は、ご自身の授業で講義資料をどのように活用したいか、または実際に活用した例を提示してください。お互いにメリットがあるかもしれません。」とマンツェンライター教授は語る。自身の日本社会入門コースでは、マンツェンライター教授は推奨書籍や論文と共に、学生が聴講すべきプレゼンテーションを参考に挙げる。「時々、我々は、u:japanの講義を一、二年目の学部生向けに、学術的環境で活動するための入門編の資料として活用しています。例えば、研究プロジェクトの立て方やプレゼンテーションの構成方法などです。つまり、研究で立てる問いとは何なのか。問いを立てることはなぜ重要なのか?その研究は、その分野で既に行われた先行研究とどのように関連しているのか?または新たな視点を提供するもののか?あなたたちの前で発表している研究者は、私たちの既知の情報に対して批判的に向き合うためにどのように貢献しているのだろうか?というような基本的な問いかけを整理するために利用するわけです。」研究と発表のメカニズム、構造、形式、さらには発表の仕方まで、すべてが教室での探求のツールとなるのである。
日本研究における私たちの学際的なアプローチの基盤となるのは、日本語の読み書きと会話の高い能力、日本文化と社会の歴史的・現代的な側面に対する確固たる理解、および方法論的なスキルです。

現在、ウィーン大学では5人のチームがu:japanを運営しており、コミュニケーション、ウェブ管理とグラフィック、カメラ操作、ポスト・プロダクション編集、データベース管理とIT関連業務を分担している。さらに、オンライン発表を希望する発表者に対しては、事前にコーチングも提供している。これは時間と手間を惜しまない素晴らしい取り組みとなっている。「発表体験が、発表者にとっても、講義の聴講者にとっても同じように楽しいものであることが大切であると学びました。」とマンツェンライター教授は言う。「私たちは自分達でプラットフォームの技術的側面に対応しつつ、講演者へのサポートも提供しています。講義は録画しますが、 そのままの素材は使用しません。常に講義の後で映像の編集を行い、教室で容易に再利用が出来るように心がけています。」
生成AIが著作性と真実性に関する疑問を投げかける時代において、実際のライブでの講演と対話の機会を提供することは、あたかも、暖炉が生み出す燈火(ともしび)を研究者たちが取り囲み、実際の経験に耳を傾け、研究の独創性に向き合うような新鮮な機会となる。「私の個人的な視点から言えば、学者や研究者は、一人一人が、確かにこの『燈火』の源となり、自分達の研究分野に対する人々のときめきや関心を呼び起こしたいという情熱を持っています。ひた向きな努力を通じて、明かりを灯したいという志です。」とマンツェンライター教授は語る。「この講義シリーズを通じて、歴史的にも、また現代においても、日本が様々な課題や挑戦にどのように向き合っているのか、また向き合ってきたのか、といった点で、日本がなぜこれほど興味深い研究対象なのかを、多くの人に考えてもらうきっかけを提供したいと考えています。」
注)本文中に記載の展示会の題名や、書籍等の日本語のタイトルは、当財団でオリジナルの英語表現から翻訳したものです。