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アンナ・ジャクソン氏インタビュー
- ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館 アジア部門責任者

ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
アジア部門責任者
ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
アジア部門責任者
英国ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館における日本美術
展示の取り組み
~卓説した作品の研究、保存・修復から展示まで一貫して対応~
英国ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館における日本美術展示の取り組み
~卓説した作品の研究、保存・修復から展示まで一貫して対応~
5000年前の昔から、現代に至るまで人類の創造性が生み出してきた280万点あまりの作品を所蔵するロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)は、来館者に美術、工芸作品を中心とする様々な意匠の世界を楽しんでもらうため、その豊富なリソースを活用した取り組みを展開している。これは1852年の同館の創立以来の使命となっている。2026年に、同館内にある東芝日本ギャラリーが開館40周年を迎えるのに先立ち、Japan-Insights編集部はV&Aでアジア部門の責任者を務めるアンナ・ジャクソン氏と対談し、同館が所蔵するアジア美術およびデザインの著名な作品について伺うとともに、学芸員や保存修復員が日本の文化的創造性を斬新かつ適切な方法で紹介するために取り組んだ革新的なプロジェクトについてお話を伺った。
取材・執筆:竹馬スーザン
執筆者紹介
竹馬スーザン
米国生まれ、コーネル大学卒。1990年より東京在住。デザインマネージメント会社のマーコム担当を経て、1994年に独立。以来、日本の建築、美術、工芸、旅や食文化などライフスタイルの潮流を見つめ、国内外メディアへの寄稿と編集を行う。
V&Aを構成する様々な個別のギャラリーは、来館者がそれぞれが異なった体験が出来るように設計されています。つまり、人々は、ギャラリーとギャラリーの間を渡り歩くことで、一つの空間から別の空間へ、また異なった文化から文化へと移動していることを意識しながら、鑑賞の旅を楽しめるのです。日本の作品を展示する東芝ギャラリーは、決して広大なスペースではありませんが、躍動感を感じられる空間であり、来館者は展示されている作品の種類の多様性を楽しめるだけでなく、歴史的なものと現代的なものが混在する展示によって、過去と現代をつなぐ多くの共通点を感じることができます。
19世紀半ばに設立されたヴィクトリア・アンド・アルバート博物館は、創立当時から日本の美術品や工芸作品を展示するだけでなく、日本から輸出された品々が西洋の国々に到着し始めたばかりの時代に、日本を理解する上で重要な役割を果たしてきた。V&Aが初期に収集した日本コレクションの中には、漆器、陶磁器、染織、武器・甲冑などが含まれているが、こうした収蔵品には、日本が西洋に対して鎖国を解き、開国した直後の1860年に、徳川家茂将軍がヴィクトリア女王に贈呈した作品の一部も含まれていた。今日、V&Aの日本コレクションは6世紀の作品から現代の作品まで、約5万点を数えるが、同館は、日本美術をできる限り広い観客層に対して、刺激的で魅力的な手法で紹介することに引き続き尽力している。
V&Aに勤める我々にとって幸いなことに、収蔵品を数多く所蔵しているだけでなく、それらに関する充実したアーカイブ資料が残っています。これらの情報を見れば、それぞれの作品を購入した理由や、購入の際に、過去の学芸員たちの間で交わされた会話まで読み取ることができ、日本美術に対する嗜好や意見が時代とともに変化してきたことを、より明確に把握することができます。
V&Aでアジア部門の責任者を務めるアンナ・ジャクソン氏は、19世紀のイギリスとヨーロッパの絵画を専門とする学芸員として1988年に入館したが、しばらくして、東アジア・コレクションに見られる素材の多様性に興味を惹かれた。ジャクソン氏によると、館内のそれ以外の所蔵コレクションは、絵画、染織、あるいは陶磁器というように、素材別に分類されていたのに対して、東アジアのコレクションには、様々なカテゴリーの作品が収蔵されており、強く引きつけられたことを覚えているという。19世紀の西洋美術史に関する知識と、明治時代(1868~1912年)のヨーロッパにおける日本美術の収集、受容、影響力という新たな視点を融合させながら、ジャクソン氏は、美術が文化の境界を越えて伝達され、変容していく方法に深く関わるようになった。その情熱は今日でも変わらない。

©ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ロンドン
©ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ロンドン
世界中の美術品やデザインを収集し、デザインの実践について世の中を啓蒙することへのコミットメントは、V&A創設以来の特徴といえる。V&Aは、1851年にロンドンで開催された万国博覧会から生まれた最初の文化機関であり、翌年の開館当時は「産業博物館」として知られていた。一方、日本では1853年にペリー提督が来航し、2世紀以上の時を経て日本と西洋諸国との貿易が再開された。「それまで謎に包まれていたこの国に対する関心は非常に高かったのです。」とジャクソン氏は語る。「V&Aの収集戦略や学芸員としての仕事において、日本は早くから様々な意味で重要な位置を占めていました。」
1867年のパリ万国博覧会は、日本が初めて国際的な展覧会に出品した機会であった。その後、江戸幕府が歴史の幕を閉じ、大名やその家臣の所蔵品がヨーロッパの美術品市場に溢れだした。1869年にスエズ運河が開通し、ヨーロッパと西太平洋の間の海上距離が短縮されたことで、貿易や外交だけでなく、学問を目的とした日本への往来も急増した。「ジャポニズム」の始まりであり、日本のあらゆるものに対して関心が高まった時代である。「V&Aは当時の一般の人々に向けて日本を紹介し、解釈するという重要な役割を早くから果たし、今日までその役割は受け継がれています。

©ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ロンドン
©ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ロンドン
来館者には、武士の甲冑からハローキティの炊飯器まで、一つの空間で見ることができる点が好評です。世界初の量産型ノートパソコン(東芝製)もあれば、同時に印籠や根付も展示している。日本の創造性と職人技には時代を超えた連続性があること、つまり歴史的な技法が進化を遂げ、今もなお息づいていることを東芝ギャラリーでお見せしようと努めています。
1986年に株式会社東芝の協賛によって開設され、2015年に改装された、V&A1階に位置する東芝ギャラリーは、英国初の日本美術のための常設大規模ギャラリーである。日本の優れた美術品や工芸品を展示するその役割は、コレクションを最高水準で保存するために必要不可欠な館内職員の知識や技術を磨く取り組みによって支えられている。このような一貫した姿勢が評価され、V&Aは長年にわたり東芝国際交流財団(TIFO)からの助成金支援を受けることとなった。その顕著な例のひとつが、「マザラン・チェスト」を修復した大がかりな事業である。この素晴らしい漆器の装飾品は、V&A館内の全ての常設展示室における展示作品の中から、来館者に勧める「必見作品」のトップ10の一つに数えられている。
「2004年から4年間、私たちはTIFOから助成金を受けて、私たちのコレクションの中でも最も重要な作品の一つであるマザラン・チェストの保存・修復を行うことができました。」とジャクソン氏は説明する。ヨーロッパに輸出するために1640年頃に京都で作られたこの櫃(ひつ)は、黒漆塗りの表面に金と銀の漆で装飾が施され、金、銀、螺鈿が象嵌されている。正面と側面には『源氏物語』、右側面には『曽我兄弟物語』 の場面が丹念に描かれ、蓋と内部には中国の古典詩歌の描く風景を思わせる宮殿建築や風光明媚な景色が描かれている。龍、鳳凰、虎も精巧な意匠で描かれている。


©ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ロンドン
©ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ロンドン
マザラン・チェストの修復プロジェクトのために、漆の保存修復専門家が何度も日本からロンドンに赴き、V&Aの専門家とともに、現代の素材と伝統的な素材を組み合わせて17世紀の作品を保存修復するという複雑な課題に取り組んだ。TIFOと米国のゲッティ財団が共同出資したこのプロジェクトを通じて、V&Aは、修復作業においてオリジナル作品を傷つけない可逆性素材の使用、修復工程のあり方、そして漆芸装飾表現の真正性を損なわない修復技法などの点で、西洋と日本の方法論を調和させる保存修復モデルを開発し、英国及び海外の博物館等における保修活動の実践や人材育成の向上にも大きく寄与することとなった。現在、東芝ギャラリーでは、映像とタッチスクリーン式のディスプレイで、この工芸品の保存修復の過程で発見されたことを紹介している。
さらに最近では、TIFOの助成金支援を受け、V&Aの家具保存修復を担当するベテランの保存修復員が、東京の目白漆芸文化財研究所で漆を使用した実践的な研修を受け、V&Aコレクションに収蔵されているその他の漆芸品についても将来的な保存修復を行うことのできる体制を整えた。2025年5月に、クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク内に、待望のV&A イースト・ストアハウス(V&A East Storehouse)が竣工する際には、伝統的および現代的な日本の漆器について、適切な保存修復を行うことを目的とした施設である「漆風呂の部屋」がヨーロッパで初めて設置される予定である。さらに、V&Aの日本美術担当学芸員である山田雅美氏が、現代日本の複数の漆芸アーティストの仕事に関する研究を進めており、その研究成果と作品は、2026年の東芝ギャラリー開館40周年を機に展示される予定である。
V&Aは、人々の想像力を刺激し、様々な着想のヒントを与えるという考えのもとに設立されました。創造性や独創性を人々に奨励することは大切なことです。日本のコレクションを見に来た人たちが、作り手やデザイナーの人達であれば、文字通り新たな気づきを得る場となることを期待していますが、私たちはそれ以上に、すべての人にとって創造性というものを肌で感じられる空間を提供したいと考えています。例えば、展示品を見ることで、新しい着こなしやスタイリングが見えてくる人がいるかもしれないし、純粋に、活力やエネルギーを受け取る人もいるかもしれません。
©ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ロンドン
©ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ロンドン
ジャクソン氏は、最も実りある研究成果は、研究調査対象の作品そのものに直接関わることによって生まれると言う。彼女が持つ日本の染織に対する専門家としての情熱、博物館の膨大かつ良質なコレクションを何十年にもわたって見続けてきた経験、そして彼女自身が異文化のファッションに対して個人的な関心を抱いていたことから、画期的な特別展であるKimono: Kyoto to Catwalk (着物:京都から世界のランウェイへ)を2020年にロンドンで開催するに至った。同展覧会では、17世紀までさかのぼる貴重な着物と、現代的な解釈のもとに制作された着物を合わせて展示し、世界のファッション界において、象徴的存在として常に進化し続ける日本の着物を賞賛した。
2020年2月にロンドンで開催され絶大な人気を博したこの同展覧会は、開会して間もなくコロナウィルスの試練に見舞われたが、ジャクソン氏によって、オンライン上のいくつかの取り組みに再編成された。具体的には、学芸員によるオンライン・ツアー、世界中の研究者、学芸員、染織制作者が、着物が世界のファッションに与える多大な影響を議論する1日限りのオンライン・シンポジウム、そして京都の帯匠10代目当主・山口源兵衛氏の仕事と哲学を紹介するビデオ映像、山口源兵衛氏の工房の貴重な映像を提供する2本目のビデオ映像などである。
ロンドンで行われたこの展覧会は、その後、ヨーテボリ(スウェーデン)、パリ、チューリッヒ、ダンディー(スコットランド)で巡回展が開催され、評論家から高い評価を得ている。ジャクソン氏は語る。「この展覧会では、日本の浮世絵をかなり多く展示しました。何よりも、来館者にその当時、着物がいかにして作られ、着用され、着ている姿が実際にどのように見えたのかを見せるためでした。しかしながら、その過程において、出版業界とファッション業界の共存関係が見えてきたのです。」このテーマはより詳しく研究する価値があると判断し、ジャクソンは山田雅美氏と共著で、18世紀後半から19世紀にかけての日本の娯楽文化、ファッション、その華やかさを生き生きと伝える豪華本としてFashion and the Floating World: Japanese Ukiyo-e Prints (ファッションと浮世:日本の浮世絵)を出版した。
浮世絵木版画はその時々の世相を映し出す簡易的な媒体として、安価に画像を提供することが出来たため、最新の流行に関する情報を容易に流布させることができ、ファッションに対する人々の想像力を刺激する役割を果たしたのです。もちろん、染織品生産者、呉服商、化粧品小間物商、芝居小屋、遊郭、料理店の経営者にとっては魅力的な広告媒体としても機能したのです。


歌川国貞作『さるや前の三美人』(1847-52年)
©Victoria and Albert Museum, London


©Victoria and Albert Museum, London

「浮世絵は西洋で最も人気がある日本美術の一形態と言っても過言ではありませんが、その中で見られるファッション文化について広く書かれたものはありませんでした。日本国内においても、このテーマに関する本はあまり多くありません。」と山田学芸員は語る。東芝国際交流財団からの助成金によって出版された本書には、未公開の版画(錦絵)が多数含まれており、視覚的にユーモラスな作品から、人物の化粧や刺青、さらには彼らが着ている着物の織りの構造に至るまで、色彩豊かなそれぞれの場面で何が起こっているのかを惜しみなく解説しており、何重にも楽しめる内容となっている。
「私が、日本に魅了されるのは、他の人たちも同じだと思いますが、制作物に対して、極めて細かな点にまでこだわるその職人技なんです。」とジャクソン氏は振り返る。「マザラン・チェストのような大きな作品にも、印籠のような小さな作品にもその姿勢は一貫しています。そして、漆や絹から連想されるような豪華な装飾であれ、不規則性、不完全さや意外性を楽しむ装飾であれ、表面の処理に対する配慮が行き届いています。また、パティナ(古色)の変化や、例えば絹織物のように、色あせたり、補修されたり、継ぎ当てされたりして、時間の経過とともに起こる変化を楽しむという考え方もあります。そしてデザインの面では、非対称性と何も描かれていない空間の使い方に魅力があります。さらには、何層にも重なる意味を重ねたり、詩や文学と結び付けるなど、日本のものにはウィットや遊び心があります。これらの要素のすべてが重なって、日本の大きな魅力につながっています。」
「東芝国際交流財団は、私たちが日本について行うあらゆる取り組みに対して常に大きな関心を示し、対話をしながら、プロジェクトを応援してくれます。V&Aと東芝国際交流財団は、とても素晴らしい、充実した協力関係にあります。行き着くところ、両者とも日本芸術と文化の理解を深めるという同じ目的を持っているからです。」
注)本文中に記載の展示会の題名や、書籍等の日本語のタイトルは、当財団でオリジナルの英語表現から翻訳したものです。