Japan-Insights

Deepen your understanding of Japan’s people, places, and culture.

Stories

レー・ティ・トゥ・ジャン博士インタビュー

ベトナム国家大学ハノイ校
東洋学部 学部長

グローバルな視点で日本研究の新たな時代を切り開くベトナム国家大学

Dr. Le Thi Thu Giang
ベトナム国家大学ハノイ校 東洋学部 学部長
レー・ティ・トゥ・ジャン博士

2023年は日越外交関係樹立50周年の年である。ベトナム国家大学ハノイ校(VNU)の日本研究学科にとっても、今年はさまざまな意味で記念すべき節目の年と言える。東芝国際交流財団(TIFO)からの継続的な支援を受けて、同校の東洋学部日本研究学科では、ベトナムで初となる日本研究の大学院課程(修士・博士)を開設した。海外の学術機関との総合的な国際ネットワークの構築においても大きな進歩を遂げている。Japan-Insightsでは、同校の東洋学部で学部長を務めるレー・ティ・トゥ・ジャン博士に話を伺い、こうした新たな取り組みがベトナムにおける日本研究と日本とベトナム両国の関係にとってどのような意義を持つのかを語っていただいた。

取材・執筆:橘高ルイーズ・ジョージ

実り多き関係、そして輝かしい未来

「TIFOは、過去25年にわたる当校の信頼できるパートナーです。ベトナムにおいて優れた教育機会を提供し、日本に関する情報発信を行い、そして両国の絆を深めるという我が校の取り組みを支援していただいています。貴重な支援のおかげで、当学部は年々着実な進歩を遂げています。」と、ジャン博士は語る。

image
日本研究学科があるVNUハノイ校のメインキャンパス。
日本研究の体制強化が一歩一歩進められている。

VNUの日本研究学科は、1995年に設立以来、東洋学部の教育カリキュラムの一環として日本研究のプログラムを各種提供してきた。その後、2019年には、日本研究を専攻する学士課程が始まり、今年6月に第一期生が卒業したところである。こうした確固とした基礎の上に、2023年9月、日本研究修士課程と日本研究博士過程が創設され、現在、修士・博士課程を合わせて10名の学生が在籍している。日本研究に関心の高い学生にとって、選択した分野に集中して取り組める環境が整備された。

「TIFOと実りある関係を築いたことで、当校の学生や講師たちは各種の学術会議や学術交流の機会に恵まれ、ここまで歩みを進めて来れたことを誇りに思います。日本研究プログラムに、ベトナム初となる修士課程と博士課程が加わることで、学生のニーズによりきめ細かく応えることができ、日本研究を志す優秀な人材を惹きつける可能性も高くなると考えています。」と、ジャン博士は語る。

毎年、日本研究学科の学生の中から約15名が、短期、もしくは長期プログラムの下で日本に留学している。ベトナムと日本は共に豊かで長い歴史を持ち、今年の夏には、VNUの学生グループが、専門家が引率し、ベトナム国内にある日本関連の世界遺産を巡る視察プログラムに参加した。

日本文化は、ベトナム人に大きな影響を与えているが、特に若者の間でその影響が顕著である、とジャン博士は言う。「ベトナムの若者は、例を挙げるなら、日本の音楽やポップカルチャーに対する関心が高く、当校のプログラムを受講することで、日本研究の基盤をさらに強固にすることができます。」と、博士は指摘する。「日本研究の学生が増えているのは、卒業後の就職に有利になるというのも理由の一つです。当校の卒業生のほとんどは、日本関連の就職先を探し、社会的重要性が高く、立派な職業に就いています。」

グローバル展開への取り組み

ベトナムにおける初期の日本研究のベースは日本とベトナムの二国間関係にもとづくものであった。しかし、ここ数年、VNUは多国間の関係へと視野を拡大し、日本研究で優れた実績を持つ海外の学術機関との協力関係を進めている。ASEAN諸国の大学との関係構築から始め、最近では、その協力先は北米とヨーロッパの大学が中心となっている。その結果VNUが得られた見識と知識は、VNUにおける日本研究プログラムの強化や、学生の視野の拡大、そして教員の専門能力開発につながっている。

VNUの海外展開の第一段階は、日本やASEANの大学との関係構築であった。2016年には東南アジア日本研究学会(JSA-ASEAN)の運営委員会に加盟した。VNUはその後、国際的なネットワークをさらに拡大するための基盤作りに着手し、2017年にはヨーロッパと北米を中心とした「国際化プロジェクト」を立ち上げた。

「国際化プロジェクト」の種が蒔かれたのは、2017年、ポルトガルのリスボンで開催されたEAJS(欧州日本研究協会)の第15回国際会議でのことだ。TIFOの助言により、VNUから3名の代表団が同会議に出席し、EAJSに対し、VNUの学部の活動と日本とASEANの大学との既存の協力関係について紹介した。その場で、ヨーロッパや北米の大学との学術交流を始める構想を説明したところ、好意的な反応が得られたため、VNU日本学科のメンバーは自分たちの方向性が正しいと確信したと言う。

その翌年、VNU代表団はヨーロッパと北米の複数の国の大学を訪れ、各国で定評の高い日本研究プログラムの視察を行った。視察先は、イギリス(ケンブリッジ大学)、ドイツ(ハイデルベルク大学)、フランス(エクス・マルセイユ大学、パリ第七大学)、アメリカ(カリフォルニア大学ロサンゼルス校、カリフォルニア大学バークレー校、コロンビア大学、ペンシルベニア大学、プリンストン大学)、カナダ(ブリティッシュ・コロンビア大学)である。

過去を見つめ、現代を読み解く

VNU日本研究学科の元学科長であり、准教授のファン・ハイ・リン博士は、当初から国際化プロジェクトに携わってきた人物である。「これらの海外視察によって、プロジェクトが実現可能であることを確認できたので、2021年に実際の招聘プログラムを開始しました。学生の指導や当校の講師との学術交流を目的として、ヨーロッパと北米の大学から毎年3名の研究者を招聘する活動に対する助成をTIFOに申請しました。今年度(2023年度)末までに、ヨーロッパと北米から合計で9名の研究者をVNUに招聘することとなります。」とリン博士は語る。

image
リスボンで開催された2017年EAJS会議で、リン博士(写真中央)は同僚とともに、ケンブリッジ大学の日本学科幹部と会合し、今後の協力関係について協議した。

ベトナムにおける学術分野としての日本研究の歴史は比較的浅く、創設期は1990年代である。しかし、日越関係は千年以上前に始まったと考えられており、両国の貿易の始まりは数百年前に遡る。興味深い一例として、ベトナム中部沿岸のホイアン市では、16世紀に日本商人が居留地を設けている。日本商人が建てた橋や寺は今も大切に保存されており、当時からの日本の影響力を差し示している。

VNUの研究者は、過去の歴史的側面と現在の両国の関係性の双方を大切にし、過去の知識を踏まえながら、現代の日本についての知見を得ることを目指している。「西洋諸国の日本研究に対するアプローチは、日本の事象を一般化する傾向がありますが、そこにはアジア域内におけるアジア諸国との関係性における日本独自の位置付けについての解釈は含まれません。」と、リン博士は説明する。「一方、ベトナムにおける日本研究は、アジア域内からの視点やベトナムとの歴史的関係から、日本をとらえています。」

双方にとって実りある体験

TIFOの2022年度助成を受け、日本研究における国際的な専門家3名がVNUに滞在し、現在進行中の国際化プロジェクトの一環として教鞭を取った。3名の招聘研究者は、学部生から大学院生、研究者まで、あらゆるレベルの授業を担当し、VNUの学生から高い評価を得ている。

「当校の学生たちは、3名の専門家の各分野における深い知識と新しい視点に触れ、多くの知見を得たと思います。」と、ジャン博士は語る。「また、今回お招きした講師の皆さんは、資料やプレゼンテーションを通して、日本の宗教や歴史に関して複雑でありながら、魅力的な側面を紹介し、学生たちに卒業論文や学位論文に関するヒントやアイディアを与えてくれました。さらに、当校の助手も3名の招聘研究者との協力を通じて、貴重な経験を積むことができたと思います。」

VNUの2022年度招聘研究者の一人であるカナダのブリティッシュ・コロンビア大学アジア研究学科のクリスティーナ・ラフィン博士は、私たちを取り巻く自然環境と近代以前の日本文学に関する講義を行った。ラフィン博士は、VNUの研究者とのコラボレーションの機会を得たことで、時代の変遷とともにベトナムで様々な日本研究の分野が発展してきた経緯を知り、ベトナム国内外における今後の方向性を探ることができたと語った。

image
ラフィン博士の講義を告知するポスター
image
VNUの滞在期間中、ラフィン博士は学生やスタッフと積極的に意見交換を行い、互いに実りある時間となった。

「VNUの学生に教える中で、こちらも教えられることが多く、彼らの語学力の高さ、日本の文学、歴史、文化を学びたいという情熱に感銘を受けました。」と、ラフィン博士は説明する。「私自身の研究の観点から特に嬉しかったのは、19世紀以前の日本文学について、文学と自然環境の関係性を考える現代の環境文学研究の方法論についての知識を共有し、国ごとに異なる季節感や自然環境の構造に関する概念の違いなど、異文化視点の採用や理論的展開の可能性について学べたことです。」

ラフィン博士と共に、2022年度の講師として、エクス・マルセイユ大学(AMUフランス)アジア研究学部のアルノー・ブロトン博士も招かれた。「研究者は単なる知識の図書館ではありません。」と主張するブロトン博士は、文化的背景が異なる者同士のアイディアや知識の交換にこそ、大きな価値があると考えている。「日本研究が国際化することで、研究テーマに対する視野も広がり、多様な視点を育むことができます。」と、ブロトン博士は語る。「VNUは、間違いなく、今後の日本研究の国際ネットワーク作りを牽引する上で重要な役割を果たすことでしょう。」

image
ブロトン博士の講義を告知するポスター
image
ブロトン博士の講義に熱心に耳を傾けるVNUの学生

未来と歩調を合わせて

ジャン博士によると、2023年には、さらに3名の客員研究者を招聘し、彼らの経験や知識を共有してもらう予定だ。ジャン博士は研修プログラム、ワークショップ、研究活動、奨学金制度などを通じて、優れたアイディアと才能の相互交流が続くことを期待している。

この流れを加速すべく、VNUでは、同校の国際的評価を高めるとともに、ベトナムにおける次世代の日本研究者を育成するため、東洋のネットワーク(日本とASEAN)と西洋のネットワーク(ヨーロッパと北米)の統合を計画している。現在、ダブルディグリープログラム(共同学位)を含め、大学院教育における提携について、海外の複数の大学との協議が進んでいる。

同時に、日越間の友好・協力関係は発展し続けている。今年、日越外交関係樹立50周年を迎えるに先立ち、2021年11月には、日本とベトナム両国の首脳はあらゆる分野におけるパートナーシップの向上をめざして、緊密に協力することを宣言した。これに伴い、ベトナムでは、商工業から農業、持続可能な開発に至るまで幅広い分野において、日本に関して深い知識を持つ、有能な人材がより多く求められていると、ジャン博士は指摘する。

一方、VNUの日本研究プログラムは、日本に関する認知度を向上させるという当初の目標を超えて、学際的、かつより実践応用可能な分野へと成熟させ、遅れを取ることなく、拡大していく必要がある。「ベトナムにおいて日本研究に求められるミッションは、日本の持つ資源、発展の可能性や機会を評価し、ベトナムの対日政策に助言を与え、最終的には、日越関係を発展させながら、ベトナムの持続可能な開発戦略に貢献することです。」と、ジャン博士は指摘する。

VNUにおいて日本研究の専門性を高める教育体系を整備することで、日本文化をより深く追求する機会が広がることは明らかだが、ジャン博士は「学際的なコラボレーションとともに、さまざまな国に関する研究が広がりつつある」現状を歓迎している。例えば、最近では、日本研究は東アジア研究というより広い文脈の中で位置付けの見直しが行われている。

「つながりという観点から言えば、様々な課題を一国だけで解決することはできません。つまり、総合的なアプローチが重要だと感じます。日本を多角的に考察し、東アジア研究、そしてより幅広い国際的なアプローチの両方の観点から日本への理解を深めることが、今後の進むべき道だと思います。」と、ジャン博士は言う。

「これまでの新たな取り組みが成果を上げつつありますので、TIFOには引き続きご支援と協力をお願いしたいと思います。この場をお借りして、TIFOのこれまでのご支援にあらためて感謝するとともに、私どもとして今後も協力関係を発展させるべく全力を尽くしたいと思います。」と、ジャン博士は締めくくった。

注)当記事は、オリジナルは英語で書かれたものであり、日本語版は当財団にて翻訳したものです。

top