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タラ・マクガワン博士インタビュー

北米日本研究資料調整協議会専務理事

海外の日本研究を支える図書館司書業務と情報リソース共有への取り組み

タラ・マクガワン博士

ニュージャージー州プリンストンで日本研究を行うタラ・マクガワン博士。北米日本研究資料調整協議会(NCC)の専務理事も務める博士に、同協議会のライブ配信イベントの実施やウェブサイトの新企画の立ち上げなど、東芝国際交流財団(TIFO)の助成金を活用して行った最近の取り組みについてお話を伺った。一連の取り組みの実践が、NCCが日本研究に携わる人々に提供する多くの情報サービスの認知度向上につながっている。

取材・執筆:竹馬スーザン

もし日本研究の資料を一元的に集約した情報プラットフォームがあって、学生や教育者が現在オンラインで提供されている研究資料の全体像をつかめるような仕組みがあったら素晴らしいと思いませんか。多種多様な資料を意味のある情報の固まりとしてまとめ、ユーザーが確実に情報を見つけ出せる仕組みを構築することが出来れば、大きな価値を提供することが出来ます。

北米日本研究資料調整協議会(NCC)は1990年代初めの設立以来、日本研究に携わる学者、研究者、教員の活動を支えてきた。とりわけ、これらの人々が頼りにする図書館司書の活動の発展に貢献してきた。NCCの使命は、北米の図書館が所蔵する日本関係の資料へのアクセスを改善し、すべてのユーザーが幅広い分野に渡って、それらの資料を活用できるようにすることである。非営利団体のため、数々のプロジェクトの調整や運営は、ボランティアで貢献するさまざまな学術分野の専門家や、東芝国際交流財団(TIFO)などからの助成金に支えられている。

NCCのプロジェクトの幅広さには目を見張るものがある。NCCのウェブサイトによると、本稿執筆時点で10近くの委員会やワーキンググループが活動しており、そうした活動の成果にクリックひとつでアクセスできるようになっている。例えば、北米の各図書館に散在する蔵書や研究資料の共有化を推進する「共同コレクション」グループは、そうした資料の集合体である「コレクション」をより充実化させ、資料の見つけやすさ(ディスカバラビリティ)を高められるよう国内や地域内の調整を行い、「Notable Japanese Collections in North America」という一覧を作成している。また、日本、北米、欧州にある日本研究に役立つ主要な博物館、図書館、アーカイブへのアクセスガイドもユーザーの閲覧数が多い。一方、オンライン上に存在しながらもあまり存在が知られていないコレクション、アーカイブ、展示などを紹介し、日本研究の授業やプロジェクトでの活用方法も提案する「Spotlights」というコーナーもある。能や狂言の図版が必要な場合は、許諾なしで使える素材も入手することも可能だ。最近の「Spotlights」では、日本の有力メディアにおける宗教について考察したYouTubeチャンネル「Eat Pray Anime」、日本の社会、政治、ポップカルチャーに関する最近のできごとを学術的に分析したポッドキャスト「Japan on the Record」、ブリティッシュコロンビア大学のオープンソースウェブサイトで、日本における写真の歴史を通してジェンダー、権力、政治を考察し、モジュール(教材)にまとめたデータベース「Behind the Camera」なども紹介している。また「Specialist Spotlights」のページでは、日本研究を支える司書や情報のスペシャリストを紹介し、専門家同士のネットワークづくりに一役買っている。個々の専門家の情熱が業務に発揮されることで、いかに優れた功績を上げることが出来るかを示す例も紹介されている。

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司書業務には人と人のネットワーク作りが重要な鍵となる。 © NCC

NCC専務理事のマクガワン博士はこう話す。「人と人のネットワークづくりは、NCCの業務の中でも大きな比重を占めています。NCCで働く教員や司書は、私と私の一緒に働くインターン、ウェブマスター以外は全員がボランティアです。ですから、彼らにNCCの委員会やワーキンググループでどのような活動をしてもらうにしても、それは長期的に彼らの本業に役に立つものでなければならないと私は考えています。」NCCの一員として働くこと自体に価値を見出す人も多い。自分の専門分野だからというだけでなく、会議の議長を務めたり、専門家のパネルやワークショップを企画・推進するなど、将来大学勤務をする場合に求められる必須の資質となる研究者コミュニティの運営業務を経験できるからだ。マクガワン博士は「我々の委員会やワーキンググループでは、皆が協力して新しいメンバーを迎え入れますが、最終的には、その委員会やワーキンググループの長を務めるのに必要な経験を積んでもらうようにしています。」と語る。こうしてそれぞれのプロジェクトの継続性を確実に担保するとともに、異なる組織から集まった教員、学者、司書が共同でプロジェクトに取り組むとともに、日本研究コミュニティの中心で本質的に役立つ活動を通じて、自身のニーズを伝える場を提供している。

TIFOには司書の専門能力開発にも多大なご支援をいただいています。

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デジタル人文学の未来を語るマクガワン博士

将来の世代のために知識体系を保全すること。人々の知る権利を守ること。さらには、学術分野の垣根を越えて関係者に働きかけ、交渉し、説得し、資金を集めること。これらすべてが司書の仕事であることを考えると、司書というのは情報の専門家であると同時に、社会活動家でありプロジェクトマネージャーでもあると言える。すべての司書は今、研究資料のデジタル化にともない、業務が重層化し、複合化するという課題に直面している。「デジタル化を進めることで、今では非常に多くのことが出来るようになりました。」とマクガワン博士は語る。「デジタルの分野は常に変化し続けていますが、蔵書や収集した資料のスキャニング、アーカイブ作成、デジタル情報の共有を求める声によって変化はさらに加速しています。TIFOにはコロナ禍の前から、デジタル・スカラーシップの活動を支援していただき、私が着任した2017年以降、2、3年連続でデジタル人文学のワークショップを開催しました。また、司書の専門能力の開発にも多大なご支援をいただいています。2023年3月のアジア研究協会(AAS)の年次総会では、コロナ禍で延期されていた次世代司書のワークショップを、久しぶりに開催することができました。」

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ワークショップでハーバード燕京研究所コレクションを調査するNCCの皆さん © NCC

2018年のAAS総会では、NCCはパネル討論会を開き、デジタル化による日本研究の将来と、NCCが共同研究の推進役として果たすべき役割の変化について議論した。デジタル化によってさまざまなかたちで資金の潤沢な組織とそうでない組織の格差が広がっており、公平なリソースの共有が一層強く求められるようになっている。また、デジタル化するだけでは不十分で、「ディスカバラビリティ」、つまり情報の見つけ易さの向上も必要である。こうした課題に対応するため、NCCは「包括的なデジタル化とディスカバラビリティのためのプログラム(CDDP)」を発足させた。CDDPでは作業部会を設置して、無名のコレクションのデジタル化を支援する方法、相互補完的なコレクション類を集約する方法、日本関連のデジタル資料にアクセスするための国際的インフラを構築する方法を探っている。また、日本研究に携わる学者や司書が資料を見つけやすいコレクションを構築する技術や、スキルを確実に習得できるような教育も、重要な取り組みとして計画中である。TIFOはそのために必要な資金を拠出し、デジタル人文学分野のツールやプロジェクトを紹介するリソース・ライブラリーの構築や、次世代の司書や研究者がコレクションの構築や研究活動に最新のデジタル技術を活用することを促すための表彰制度を支援している。マクガワン博士は言う。「デジタル化とは、単に多額の資金を投じることではなく、ネットワークを構築し、既存のリソースをより適正に配分するための協力体制を整えることです。CDDPの特筆すべき点は、その点を理解して取り組んでいる点にあります。」関東大震災から100年となる2023年には、「画像相互運用のための国際的枠組み(IIIF)」などのデジタルツールを活用して、知名度が低くバラバラな状態になっている葉書、画像、日記などのコレクション資料を整理するパイロットプロジェクトを実施する計画だ。

NCCを設立した目的は、日本研究者と司書の間の壁、および情報へのアクセスの壁を取り除くことです。

つい最近までコレクションの構築や管理の対象になっていなかったエフェメラ(葉書やポスターなどの一次的な筆記物)、漫画、アニメなどもまた、図書館の状況を大きく変化させている。マクガワン博士は次のように問題を提起する。「以前はいったん情報をデジタル化すれば、すべてが簡便、かつ合理的になるだろうという考えもありましたが、実際は全く違いました。実際には、デジタル後も実物も保管し続けなければならず、そのためコレクションがリアルとオンラインのハイブリッドで必要となり、司書の業務が増えたのです。デジタル化プロジェクトは、しばしば短期的な視野で始められることも多く、どのようにプロジェクトを維持しながら、アクセスを確保していくかといった点は十分に検討されません。デジタル化した後の資料をどんな方法で保管するのか、また、SNS上で行われた調査研究をどのように保管するのかは、非常に難しい課題です。」

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図書館司書と日本研究者の心強い情報源となっているNCCのウェブサイト © NCC

マクガワン博士はこう続ける。「書庫に入って和紙で作られた昔の本を見ると、その丈夫さにはいつも驚かされます。何百年も経っているのに今なお美しさを保っています。一方で、1950年代以降、商業的に生産された紙で作られた本は朽ちかけています。今はデジタル化が進み、本のライフサイクルもさらに短くなっています。そこで問題になるのが、プロジェクトを長期間、例えば50年の間、どう継続していくのかということです。200年、300年のスパンで物事を考えている人は尚さら誰もいません。」

2021年末、NCCはTIFOの助成を得て、いくつかのライブ配信イベントを実施。ベテラン司書、司書志望者、教育者、その他日本研究の専門家が集まり、デジタル化、アドボカシー活動、専門人材育成に関する今後の課題と機会について議論した。ある登壇者は、北米と日本の教員、大学院生、司書が協力して図書目録データを編纂し、大規模プロジェクトに必要なメタデータ(データ自身ではなく、そのデータを表す属性や関連する情報を記述したデータ)を作成することを提案した。また、別の登壇者は、データベース開発におけるDEI(多様性、公平性、包摂性)の問題を取り上げ、アクセスの公平性、公正な使用のルール、公的サービスが行き届いていない学校や、注目度が高くない学者への支援について論じた。さらに、継続的に実施される「一般参加型エンゲージメントシリーズ」の一環として、東アジア研究を行う司書志望の大学院生が、NCCの元会長で、先頃ハワイ大学マノア校の日本研究専門司書を退任したバゼル山本登紀子氏に、20年にわたるキャリアについてインタビューを行った。マクガワン博士は「こうした異なる世代をまたがる様々な対話を実施することによって、活気のある日本研究コミュニティを作り上げることができるのです。」と言う。「そして、こうして生み出された成果物はすべてNCCのウェブサイトにアップされ、これからコミュニティに加わる人々の役に立っていくのです。」

大局的な視点から取り組むこれらのプロジェクトにより多くの大学院生に参画してもらい、学びを通じて、すべての人のための知的基盤づくりに貢献してもらうこと――それこそが私たちが目指している方向性です。

TIFOは画像使用プロトコル(IUP)プロジェクトも支援している。IUPは、米国の教員や学生が教育、研究、出版などの目的で画像を使用する際に、日本にいる権利者から許諾を得る手続きをサポートする取り組みだ。プロジェクトの作業部会が日英併記の依頼書と申請書のテンプレートを公開しているほか、北米と日本の出版社が許諾を求める場合および許諾する場合の手順について、基本的なガイドラインを提示している。画像の公正な使用の定義や画像の権利に関する手順が北米と日本では大きく異なるため、対応が難しい分野である。

マクガワン博士はNCCの専務理事としてだけでなく、本職でも司書との交流が深い。博士はプリンストン大学のコッツェン児童図書館の希少図書コレクションの研究者なのである。コッツェン児童図書館には33カ国の児童図書が収蔵されており、「日本の図書のコレクションも見事です。」と語る。「ここでは長年メタデータのコンサルタントとして勤めてきました。図書館に長く勤務していると言っても、司書ではないのですが。」その仕事を通じて、図書館の利用者と運営者の双方のニーズを内部の視点で理解してきたことが今、NCCで非常に役立っている。

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紙芝居の語り部であり、研究者であるマクガワン博士

メタデータに関する仕事の大部分は、対象となる資料の特徴を記録する「記述目録」に関わるものだ。複数の言語にまたがる場合も多い。マクガワン博士は続ける。「記述目録がなければ、多くの希少な資料が実質的に失われたも同然になります。異なる時代に分類されるなど、目録に誤りがあると、その資料は誰も発見できません。この仕事は発見の連続なのが楽しいですね。そもそも人がアーカイブにアクセスするのは、多くの場合、今まで長らく埋もれていた未発掘の情報を発見したいからではないでしょうか。」プライベートでは、日本の紙芝居の読み聞かせも行っている。博士の学術研究はNCCでの数々の取り組みに直接影響を受けている。読み聞かせの活動もコミュニケーションであり、人をまとめていく作業だからである。結局、すべてが円のように循環しているのだ。

2021年に創立30周年の節目を迎えた際、次の10年に向けて踏み出したNCCに、大学の名誉教授、学者、図書館司書など、多くの人々からメッセージが寄せられた。彼らは大学時代を振り返り、自身がNCCから得られた恩恵について語っていた。そこで繰り返し述べられていたのは、NCCが一貫して日本研究の発展に貢献するソリューションを見出し続けてきたということだった。成果物の中には目に見えにくいものや数値化が難しいものもある。だがその重要性は極めて高いのである。

注)当記事は、オリジナルは英語で書かれたものであり、日本語版は当財団にて翻訳したものです。

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