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サイモン・ケイナー博士インタビュー

セインズベリー日本藝術研究所(SISJAC)統括役所長及び考古・文化遺産学センター長
イースト・アングリア大学日本学センター長

奈良からノリッチへ: シルクロードで重なり合うアイデンティティの物語

サイモン・ケイナー博士

イギリス人の考古学者で、セインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Studies of Japanese Arts and Cultures)の統括役所長を務めるサイモン・ケイナー博士に、当財団が助成事業として支援するシルクロード・キュレーション・プロジェクト(現地調査に基づく調査研究プロジェクト)の近況を伺った。

取材・執筆:竹馬スーザン

現代に生き続ける様々な伝統が複雑に絡み合った物語をひも解くのは至難の業です。しかし、それゆえに我々の研究を通じて、その複雑さの一端だけでも捉えられるようになることは非常に意義があります。

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法隆寺西院伽藍も仏教建造物としてユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されている
©法隆寺

アングロサクソンとヴァイキングの墓から発見された絹、スウェーデンのヴァイキングの集落で見つかった6世紀の青銅製の仏像、沖縄の中世遺跡で発掘されたローマ帝国時代のコイン、中国唐代のネストリウス派キリスト教を裏付ける遺物——こうした数々の発見に触発され、2019年、イギリスとスカンジナビアの考古学者と歴史学者のチームが韓国と日本に赴き、セインズベリー日本藝術研究所(SISJAC)の 主導のもと、ワークショップと現地視察を行った。東芝国際交流財団(TIFO)の助成を受けたこれらの共同調査は、当時、2020年末に実施が予定されていた、イースト・アングリア大学(UEA)のキャンパスにあるセインズベリーセンター美術館/ギャラリー(イギリス、ノリッチ)の大規模展覧会に向けた準備段階として実施されたものだ。その後、パンデミックの発生で展覧会は何度か延期されたが、調査は継続し、2022年6月以降、その成果の多くをオンラインで楽しむことができるようになっている。

SISJACは、日本に関する学際的な研究で名高い研究機関である。前述の展覧会は、サイモン・ケイナー博士のアイデアから生まれたものだ。“Nara to Norwich: Art and Belief at the Ends of the Silk Roads, 500–1100”(奈良からノリッチへ:シルクロードの両端の芸術と信仰、500~1100年)と題する同展覧会は、異なる伝統を持つ信仰と儀礼が互いに出会ったことで、どのように宗教として変容また適合し、影響しあうのか、そのプロセスを考察する。「仏教が朝鮮半島と日本に到達して受容されたプロセスと、キリスト教がイギリスとスカンジナビア半島に到達し受容されたプロセス――どちらもアジアとヨーロッパの辺縁で起こった6世紀の出来事ですが、双方の比較で理解が促されるような、知的枠組みを提供したかったのです」と、ケイナー博士は説明する。博士自身、日本の先史時代研究に情熱を注いできた考古学者の一人だ。

「シルクロード」はしばしば単独の呼称で取り上げられるが、実際には1つの物理的なルートではなく、陸と海に張り巡らされた「広範な地理的文化圏」であり、時間の経過に伴って変容する包括的な概念を意味する。信仰、芸術、知識は、何世紀にもわたり、この交易と巡礼、外交ネットワークの集団に伝播していった。「Nara to Norwich」は、東は日本の奈良から西はイギリスのノリッチ(イギリス東部ノーフォーク州の州都)まで、ユーラシア大陸両端での仏教とキリスト教の普及に関する歴史学的、考古学的形跡を改めて精査し、相互作用と邂逅の影響がいかに広範囲に及んでいたのかを示すことを目的とする。また同時に、ユーラシア諸文化を網目のように縫う「内なる接点」に新たな研究領域を見出していく。

例えば奈良県明日香村の高松塚古墳の調査活動など、日本で進められている研究はまさに最先端の保存科学が実践されています。日本考古学界のみならず、人類の歴史を理解する上でこれら日本での研究史料が重要なのは言うまでもありません。

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棺に施された4枚のパネルのうち1枚。新約聖書より「聖ペテロの審判と否認」を描いたレリーフ。5世紀頃。
©The Trustees of the British Museum

「ユーラシア大陸の東西端の間で、古い信仰形態が受容、あるいは抑圧されたりしましたが、その手法などに、類似点や非常に興味深い相違点が見つかっています」とケイナー博士は言う。「仏教とキリスト教は、朝鮮半島や日本、イギリスに到達する以前から様々な他の地域にも伝播した世界宗教です。ですから我々の重要な問題意識は、思想というものがどれほど離れた距離まで伝わるのか、また、こうした思想の伝来が共同体にどのような影響をもたらすのか、ということです。」

博士はこう続ける。「当初の計画では、日本と韓国、ヨーロッパ各地、そしてイギリス、と幅広い地域から(展示史料を)借りるつもりでした。そうするうちにパンデミックが発生し、当面の間、プロジェクトはデジタル公開という想定していなかった方向性を模索することになりました。とはいえ、TIFOの支援による初期のワークショップを通じて出会うことが出来た素晴らしい人々とのネットワークのおかげで、ここまでの成果をあげられたことを心から誇りに思っています。」

TIFOとSISJACとの関係性の始まりは、SISJACが創設された1999年に遡る。Nara to Norwichプロジェクトは、若手研究者の育成と、目的を共有する世界の研究機関とのつながりの強化、また同時に対日理解の促進を担うというTIFOの助成要件に合致するものだった。

デジタルの世界は我々にとって未知の領域です。大変幸運にも、TIFOの助成を契機に、新たな領域に踏み出すことが出来ました。

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遺物の文化、景観、文献のミクロ歴史学を紐解くNara to Norwichプロジェクトと一連の活動は、2022年6月にオンラインで公開され、そのコンテンツは既に大陸横断的な知識の宝庫となっている。この第1ステージとして、「Origin(起源)」、「Arrivals(到達)」、「Encounters(出会い)」、「Living in Belief(信仰/信心に生きる)」、「Relics(遺跡)」という5つのテーマ(ストーリー)で88の資料が公開されている。今後も調査を進めながら、「Pilgrimage(巡礼)」、「Death and Burials(死と埋葬)」とテーマを増やし、合わせて200ほどに上る史料が公開される予定だ。これらのメインギャラリーには、興味深い様々なトピックスを取り上げた短いコンテンツが、更に深い理解を促す。本稿執筆中にも、「繊細なガラス製品がどうやってシルクロードを渡ったか」、「中世の聖職者はどのように絹を身に着けていたか」、「昔の航海士たちに夜空はどう映っていたか」など、公開準備が進められている。デジタル版Nara to Norwichでは、資料を解説、またプロジェクトチームのメンバーや世界の研究者らによるブログと共にデータベース化している。オンラインコンテンツの完成後、2024年以降には、UEAのキャンパス外での小規模な企画展を含む展覧会のリアルでの開催が予定されている。これらすべてが動き始めれば、SISJACの創設25周年を記念する「ノリッチにおける日本」フェスティバルといった様相になるだろう。

日本や各地域で行われている研究の成果を単なる記録として眠らせたくないのです。私は日夜、研究者たちがこのような研究の成果を、いかに目に見える形で表現したらよいのかを考えているんです。

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調査チームと仁徳陵古墳模型(1:150)。
大阪府立近つ飛鳥博物館にて。
©Simon Kaner
協力:大阪府立近つ飛鳥博物館

それぞれの信仰に人々がどう出会い、受容していったのか——というプロジェクトの問いに、ケイナー博士は「仏教とキリスト教の出発地点となった “landscapes of conversion(受容の景観)” では、4つの場所を取り上げました。」と話す。「日本では、皆さんもご存じの奈良を中心とした飛鳥地域、そして朝鮮半島では百済です。しかし、これらの景観は、一般人にとっては、なかなか具体的に思い浮かべるのが難しい。地図を広げたところで、見過ごしてしまいがちです。そこで我々は、体験型のインスタレーションのようなものを考えています。例を挙げると、スイスのサラ・ケンダーダイン氏がデータを可視化するという点で素晴らしい活躍をされていて、敦煌の石窟寺院の1つを原寸大にデジタルで再現しています。私のアイデアですが、壁に大きな4つのスクリーンを設置し、まず、先に上げた4カ所の “受容の景観” を映し出す。そしてそこに貴重な展示品とお香を2つ3つほど置き、読経や聖歌、音楽等、感性に訴える演出を施すというようなことが出来ないかと考えています。」ケイナー博士によると、お香の起源について調査している奈良文化財研究所の一人の所員が、原子レベルで遺物から香りの痕跡を発見することが出来ないか、考古科学的研究を行っているのだそうだ。「来場者が展示を巡りながら『本当に面白いアイデアだね、思いもつかなかった。』と言ってもらえるようなものにしたいと思っています。また、QRコードなども使い、自宅にいるようなリラックスした雰囲気でこの魅力的なデジタル展覧会を鑑賞(スクロール)してもらいたいですね。」

ケイナー博士の考古学への深い見識は、調査途中にある離れた場所の点と点どうしに、容易に関連性を見出せてしまうところにも表れている。博士の頭の中は、そうした発見を反射的に組み合わせて大きなストーリーとして語るのに十分なアイデアであふれている。そんな博士が将来の可能性として描く構想の一つが、日本の藤ノ木古墳(奈良県)で発掘された遺物のレプリカを、イギリス東海岸の中世アングロサクソン時代の古墳、サットン・フーの博物館に展示することだ。サットン・フーというと、2021年に公開された映画 “The Dig(邦題:時の面影)”で再び脚光を浴びたのが記憶に新しい。この有名な中世初期の船葬墓は、藤ノ木古墳と同時期の遺跡であり、スウェーデンのガムラ・ウプサラ遺跡にも見られるヨーロッパ広域の伝統の一部である。こうした遺跡すべてやユーラシアステップの牧畜民に共通するのは、南アジアが起源とされるガーネットで嵌装された金製金工品に、同じ製作技法が採られているという点だ。加えて、サットン・フーで発掘された図像には、西アジアから伝わったキリスト教の教義を示す十字架の形をとったものがあり、藤ノ木古墳の図像の要素には、朝鮮半島や中国から伝わったものがみられる。このような史料を一堂に展示することで、新しい宗教が埋葬行為や建築にどのように新たな荘厳性を具現化したのか、どのように国家形成に取り入れられ、また修道院制度や聖職者の宗教体験のジェンダー化に影響したのかまで、多様な視点から深い洞察を得ることができるものと、ケイナー博士と研究メンバーたちは考えている。

更に、スウェーデンの同僚たちと協同し、藤ノ木古墳の埋蔵品を、6世紀後半に現在のパキスタンのスワート渓谷で作られたとされる小さな蓮華座像「ヘルゴ仏」などと共に展示することも、博士の頭の中では将来の構想としてイメージが膨らんでいる。この座像は、ユーラシア大陸の川や草原地帯を何千マイルも運ばれて、8世紀までにはスウェーデンのヴァイキング家屋のマントルピースに飾られたと考えられている。「ヘルゴ仏」の物語を深く理解したいという思いは、「Nara to Norwich」構想の着眼点の一つとして、長く博士の頭の中に存在していたものだ。「これまでの研究成果を一度分解し、より広範で様々な場所にどうすれば持ち出せるのかを見極める、そうした発想の再構成の過程を楽しんでいるんです」とケイナー博士は微笑んだ。

自分が本やスライドでしか見たことがないことを全て知りつくしている専門家に学生時代に出会うことは、人生を変えるような体験になりえます。私はこれからも、研究活動を進めながら、そういう体験をできるだけ多く世の中に提供していきたいと考えています。

文化財修復・展示棟
なら歴史芸術文化村 文化財修復・展示棟
©衣笠名津美(画像提供:なら歴史芸術文化村)

ケイナー博士が実現したいもう一つの夢は、文化財の修復作業現場を一般公開している道の駅・サービスエリア「なら歴史芸術文化村」との共催イベントだ。「ここで行われていることは素晴らしいの一言に尽きます。先見の明があると思います。ご存じの通り、道の駅には地元の特産品などが置いてあります。奈良というと、有名なのは数々の仏像ですよね。彼らは複数の大学から成るコンソーシアムと連携し、誰でも見学できるように、そこで実際に仏教美術品の修復作業を行っているのです。建物の中に入って地下へと進むと、ガラス越しに作業の様子を見ることができます。驚異的なことですし、感嘆してしまいます。」大阪万博が行われる2025年頃の開催を視野にいれ、同施設でNara to Norwichを部分的にでも公開できないか、とケイナー博士は期待している。

全てが研究調査に基づく活動です。我々はこれからも次々と新たな研究を立ち上げていきます。

2026年、2027年頃には(プロジェクトの)総仕上げとして出版が予定されている。「それまでに、展覧会とすべての調査を終え、学術論文を出すつもりです」とケイナー博士はいう。「Nara to Norwich」は、いわば、プロジェクト独自の地理的文化圏だ。過去の時代や場所に関して自分たちが持つ問いを整理できる、進化するフレームワークでもある。北ヨーロッパにおける絹や仏像の発見は、僧侶や伝道者、商人、使者たちによる遠く離れたグローバルネットワークの姿を描き出す。こうした遺物が示すのは、古代や中世のユーラシア大陸の人々は、孤立して生きていたのではなく、むしろ私たちが考えるより多くの繋がりを持ち、広大な世界を認識していたのではないか、ということだ。広い歴史的接点を紐解き、日のあたるところへと持ち出せば、今日特に必要とされている接続性を、私たち祖先の幾重にも重なるネットワークやアイデンティティに見出せるのかもしれない。

プロジェクトのウェブサイトは当面の間公開され、調査は続く。2023年初頭には、Nara to Norwichのチームが『Japan on the Silk Road(シルクロードの中の日本)』編者のセルジュク・エセンベル教授、そして日本をはじめ各国の研究者らと共に、イスタンブールで会議の開催を予定している。会議では、トルコ人、ペルシア人、ヒンドゥーやインド系ムスリム、内陸アジアのモンゴル人やウイグル人、中国系ムスリムなど、シルクロードの人々や文化との日本の知的・政治的交流にみる国境を超えた伝播について議論が繰り広げられることになっている。

注)当記事は、オリジナルは英語で書かれたものであり、日本語版は当財団にて翻訳したものです。

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